新潟に行ってみて

週末、選挙戦の合間を縫って新潟県に行ってきました。
やはり現場主義を旨とする政経塾出身の政治家としては、どうしても震災の現場を見ておきたいと思い、行ってきました。
視察にあたって、塾の先輩で防災問題に取り組んできた神山洋介さんとも相談し、2度に分けて行くことに。
視察の目的は、大きく分けて2つ。
まず現場の空気を感じること
これは当然震災後なるべく早く行くことが重要です。
そしてもうひとつは震災の復旧に行政、特に県がどのように機能しているかを確認すること。
これには、逆にもう少し復旧の段階が進んでからのほうが望ましいといえます。
というわけで、まずは早い段階に1回、後にもう1回じっくりと視察をしてきたいと思い、県庁の職員ともそう話をしてから行ってきました。
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【以下少し長くなるかもしれません】
AM7:15
出発。
天竜川駅から浜松駅、新幹線で東京に行き、上越新幹線に乗り換え長岡へ。
AM11:15
長岡駅着。
駅前でレンタカーを借り、ナビを頼りに柏崎市へ。
PM12:00
柏崎市内に入る。
ちょっと手前から徐々に屋根瓦に青いビニールシートを張った家が見えてくる。
おそらくはがれてしまった瓦を覆っているのだろう。
付近で作業をしていた方たちに話を聞きました。
やはり今回の地震では、前回の教訓から時があまり経っていないせいか、物事が比較的スムーズに進んでいるとの事。
特に消防団の活躍が目立ったそうです。
消防団の組織がしっかりしている浜松でも十分に参考になりそうです。
震災後、おにぎりやパンなどの支援物資も、すぐに十分な量が届けられたそうです。
しかし一方で、野菜類が摂れなかったり、上下水が復旧せず風呂やトイレに困っているなど、深刻な悩みもあるようでした。
その近所のお宅です。
ご覧のとおり、家によっては一回部分がぺちゃんこになってしまっています。
報道でいわれているとおり、瓦葺の屋根の、比較的築年数の長い住宅の被害が圧倒的に目立ちます。
よく見ると、車が2階部分をかろうじて支えています。
危険がある物件にはこのように表示がされています。
  
   
PM1:30
避難所を2箇所経由し、柏崎市立第1中学校へ。
埼玉県の陸上自衛隊の方たちが給水活動をしていました。
前回は遅れたものの、今回の震災では翌日には現地入りできたそうです。
合計3,000人の自衛隊員が活動しているそうです。
横浜市の給水車も活動していました。
違う自治体のこうした車両が活動しているのはいいものですね。
と、向こう側から一台の給水車が・・・
 
いました!
なんかうれしくなり、急いで追いかけて信号待ちで追いつき写真を。
ぜひがんばってほしいものです。
PM2:00
ボランティアセンターへ。
なにかお手伝いできることはないかと今日のボランティアスタッフとして登録させていただきました。
1時間ほど仕事を待っていましたが、残念ながら私にまで回らず、この日のボランティア派遣は終了してしまいました。
ボランティアを希望する人は、まず登録をして、その日に要望のあった案件が順に割り振られ、4時にはすべて仕事を終わらせることになっています。
3時を回ってしまったら、4時に帰ってくることはできないため大体この時間に派遣終了になるようです。
ホントは夜なんかでもニーズはあるはずなんですけどね。
最初の3日間はボランティアを希望する方は少なかったそうですが(もちろん自分の身や自分の家族を守る「自助」のが先ですから)、土曜までの一週間でのべ1,000人の方がボランティアに登録してくれたそうです。
そのうち、県外からの人が5割で、柏崎市内が1割、残りの4割が新潟県内の人だそうです。
一方、ボランティアに対するニーズは、日々増えているとの事。
内容は家の片づけからお年寄りや子供の話し相手まで。
当初は県外からの人たちは断っていたそうですが、それが裏目に出て人手が足りなくなってしまったかも、という反省もあるようでした。
困難な点としては、基本的にボランティアは要請されたこと以外には動けないという原則がある点。
あるお宅にボランティアに行きお年寄りの話し相手をしているときに、すぐ近くで家の片付けに人手が足りない場面を見ても、そのまま手伝うということはできないそうです。
その人にボランティアセンターについてのチラシを渡してくることしかできないとのことでした。
また、場所も非常にわかりにくい場所にありました。
せっかく遠くから来ても場所がわかりにくかったらたどり着けない場合もあります。
もう少し、場所や駐車スペースなどについての配慮も必要かもしれません。
若い子から年配の方まで、いろんな方がいらしていて、日本も捨てたものじゃないなと率直に思いました。
ただ、中には困ってしまうこともあるそうです。
もちろん、人ではいくらあっても足りないときですからどんな方たちの力もありがたいことです。
しかし、安全面も考えて4字には所定の場所に戻ってきてほしいと頼んでも、どっかで野宿をしたいといって聞かなかったりする人もいるそうです。
ボランティアは自分のためではなく、あくまで相手のためにすることだということを忘れないでいただきたいですね。
PM3:30
今日のボランティアはあきらめ、再び柏崎市内へ。
次の写真は市中心部の商店街です。
わかりにくいかもしれませんが、1階部分はほとんどありません。
歩道もこのとおり。
信号もこのとおり。
街中では、公放送がひっきりなしに流されていました。
ボランティアセンターでお話を伺った方が言っていましたが、多すぎてかえってみんな気にしなくなってしまっている、とのことでした。
つまり、大事なことを流すはずの放送が、流しすぎのため誰も聞かなくなってしまう。
本末転倒という以外適当な四字熟語が浮かびません。
PM5:30
柏崎市を出発し、長岡駅に。
いろいろ考える課題を抱え、帰路に着きました。
浜松市そして静岡県は、いつ東海大地震に見舞われるかわからない地域です。
30年以内に起こる確立は90%以上とも言われています。
そういう地域に住む私たちにとって、今回の震災の教訓をどこから学び何を学ぶのかは大きな課題であることは疑う余地がありません。
また災害後の取り組みや復旧作業について、改めて現場を視察してきたいと思います。
静岡県を、震災の被害から守るために。
静岡県の政治家として精一杯の仕事をしていくつもりです。
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