弔電について

2008.02.20

ここのところ、ご近所や支援してくださっている方のお身内の訃報が続いています。
悲しいことです。
そこで、今回は弔電について考えてみました。
私はこれまでも、知り合いや地域の方からご連絡をいただいた訃報に対しては
なるべくご葬儀かお通夜に参列させていただいております。
同時に、ご葬儀の際には弔電も出させていただいておりました。
生前お世話になったことに対して、心からの感謝と哀悼の意をささげたいからです。
一方で、新聞の訃報欄に載っているご訃報に対しては、知っている方以外には
弔電を出していませんでした。
そのことについて、各方面からいろいろご意見をいただいたので、改めてこの問題に
ついて考えてみたというわけです。
政治家の中には、新聞の訃報欄に載っているご訃報には全部機械的に弔電を出す
人もいます。
また、地域によってはそうすることが通例になっていたり、そうしないと失礼に当たった
りすることもあるそうです(浜松はそうではありません)。
地域の方がご葬儀に参列した際、「○○議員からは電報が来てたけど、源馬さんから
のはなかったよ」などといっていただくこともあります。
しかし、どうなんでしょうか?
人の不幸を新聞で見て、知らない方に対して何の感情もなく機械的に電報を
送るという行為が、本当にいいこととは思えません。
ご遺族から見ると、「わざわざ電報をいただいた」と好意的に捉えてくださる
方もいるようですが、一般的には「人の不幸を使って売名行為か!」と捉えることが
多いのではないか、という意見が後援会の皆さんや友人たちに多かったので、
今後も今までどおりの方針でやっていきたいと改めて思いました。
こういうところからも政治のあり方を少しずつ変えていかないといけませんね。
どうかご理解をいただけたらと思います。
みなさんだったらどう思いますか?
もしほかのご意見もありましたらコメントしていただけるとうれしいです。
参考にさせていただきます。
 
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