ネットカフェから
某プロバイダに申し込んでからすでに1ヶ月経過しているが、未だネット環境が整わない。
しかしレポートの提出があるからネットを使わないわけにもいかない。
というわけで、ここ2日間はネットカフェに入り浸り。
こんなにネットカフェで時間をすごすのは人生で初めてかもしれない。
最近はでも、結構雰囲気もよく居心地も悪くない。
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某プロバイダに申し込んでからすでに1ヶ月経過しているが、未だネット環境が整わない。
しかしレポートの提出があるからネットを使わないわけにもいかない。
というわけで、ここ2日間はネットカフェに入り浸り。
こんなにネットカフェで時間をすごすのは人生で初めてかもしれない。
最近はでも、結構雰囲気もよく居心地も悪くない。
ワールドカップも4強が出揃い、いよいよ佳境である。
これまでワールドカップについてはあえて書かずにきたけど、サムライブルー敗退の後もジダンの活躍、ポルトガルの躍進、カテナチオの復活、など話題には事欠かない。
そして今日は中田の引退が発表された。
見事な引き際で、その意志の強さと潔さはさすがと思う。
サッカーというスポーツはなんでこんなに人々の情熱を駆り立てるのだろう。
単純に国対国だからではない。
明らかにこの前のWorld Baseball Clasicとは違う。
サッカーだからでもない。
普段はJリーグ、いやサッカーに何の興味もない私も熱くなる。
なぜかはわからないが、熱くなり、日本を心から応援する。
今日本では「愛国心」という言葉について議論されている。
自分の国の代表を心から応援し、熱くなれる気持ちが多くの日本人には確かにある。
愛国心と憲法に明記すべきかすべきじゃないかなんて議論があること自体悲しいことだ。
私は日本が好きだと胸を張って言える。
国を愛する気持ちであり、祖国や郷土を愛する気持ちである。
それを愛国心と呼ぶか祖国愛と呼ぶかは私にとって、どうでもいいことだ。
ようやくレポートもほぼ終了し、明日は朝から東京に行って後輩の結婚式に出席する。
大学時代のサークルの後輩で、私がアメリカにいるときに、会社を辞めて一人でアメリカに旅しに来たり、カンボジアにいるときにはほかの連中と遊びに来たりと、なにかと一緒に遊んできた仲間だ。
新婦も同じサークルの後輩で、これもまたカンボジアに遊びに来たし、よく一緒に呑んだりした仲間。
同じサークルで同じ時間を過ごしてきた二人が結ばれるというのは嬉しいことだ。
もう卒業してから10年経つのに、その付き合いもまたすばらしい。
明日はスピーチを依頼されているけど、まだ何にも考えてなかった。
ま、明日の新幹線で考えよう。
寝ちゃわなかったら・・・
明日からは函館に行って高松先輩のフォーラムのお手伝いにいってくる。
地元の人たちの問題意識に密着したいい発表が聞けることと思う(プレッシャーじゃないですよ)。
そして函館で3日間過ごした後、カンボジアで研修。
わが国のODAと他国、特に中国のODAを比較しながら、被供与側からどうとらえられているかを探ってくる。
前回苦しんでたレポートは、まさにわが国のODAの行方について考察したものだったので、現地調査という位置づけにもなる。
しかし、ODAというのは難しい。
私は自分が非政府、政府、専門家のそれぞれの立場に立ち、現場で携わってきただけにその矛盾点も評価すべき点もよく見える。
ここで培った問題意識を、どう深めていき政治の現場で体現していけるか。
これが私の政治の道における使命のひとつである。
キーワードは公の意識。
ODAも、「施し」や「贖罪」や「アメ」などと捉えずに、その意義は日本という個が世界システムという公にどうかかわっていくかという問いから考え直す必要がある。
一国平和主義はすでに終わっているのだから。
函館やカンボジアからも可能な限りアップしていきます。
今日、無事にカンボジア研修から帰ってきた。
今回の滞在では主に日本の援助のあり方と、他国の援助の現状について調査してきた。
あわただしい旅程ではあったが、いろいろな方に会って話を聞かせていただいた。
これからしばらくその話をアップしていきたい。
そして、夜には旧友たちにも会うことができた。
みんな変わらずいい奴らだった。
調査に関してもいろいろと便宜を図ってもらったり、やはり人とのつながりというものが何よりの財産だと改めて感じた旅だった。
街の中はあまり雰囲気は変わっていなかったカンボジアだったけど、今後どうなっていくんだろうか。
仲間たちも帰国する人がほとんどだろう。
しかし深い縁のできた国だから、これからもその行く末を見つめ、そしてかかわっていきたい。
カンボジア初日の7月17日(月)は、在カンボジア日本国大使館に表敬訪問。
当地で援助関係を取り仕切る経協(経済協力)班の班長を務める村田参事官とお話をさせていただいた。
非常に柔軟なものの考え方をされている方で、わが国の援助のあり方についていろいろお話を伺ったが、大変参考になるお話ばかりだった。
今回の研修で改めて感じたのは、やはり援助は難しいということだ。
自国の税金を他国のために使うというその性質ゆえ、何のための援助政策なのかをしっかりと認識しておく必要がある。
基本的には、ばら撒きだけは厳禁である。
ODAに限らず意味のないもの、無駄使いは徹底してなくしていくことが必要だ。
そんな中、国内で厳しい財政状況を抱える中、他国のために国家予算を使う必要はないという批判もあるが、それが無駄なものであるならばわかる。
しかし、本当にODAは不必要なもの、無駄なものだろうか。
私はそうは思わない。
日本は否が応でも相互依存でしか生きられないのである。
ODAは個である日本が公である世界とかかわっていく、ひとつのかかわり方であるといえるのだ。
村田参事官のお話の中で、ODAには「相互依存税」「国際税」のような側面もある、というお話があった。
国家が存続していくために、必要なものなのだと。
表現はともかく、まったくそのとおりだと思う。
【長くなるので以下は興味のある方だけどうぞ】
<写真はJSACオフィスにてカンボジアの平和構築についてスタッフと内務省役人と語るの図>
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