もうあれから5年もたったのか、という思いがやはり強い。
私はあのとき、カンボジアにいた。
日本にいた妻と国際電話で話しているとき、何気なくつけっぱなしになっていたNHKの画面に映されたその光景は衝撃的だった。
よく言われることではあるけれど、映画か戦争の映像かと思った。
そしてマンハッタンには妹が住んでおり、なかなか連絡が取れず安否が心配だった。
あるキャスターが言っていたとおり、世界中の多くの人があの時あの瞬間自分が何をしていたかをはっきり覚えている事件であったことに疑いがない。
それだけ衝撃的で、それだけ私たちの話題にもいまだにのぼるテロだった。
このテロをきっかけにして国際社会が大きく揺れ、戦争の形態が変化した。
国際政治の力の均衡をはじめ世界システムの構造も大きく変化しつつある。
最近では、このテロの結果起こったイラク戦争の是非が問われたり、アメリカの陰謀説までもが流れたりしている。
歴史問題に関してはどのイシューもそうだが、後付のもっともらしい批判やたられば論は無益でしかない。
これを今と未来に生かすことが大切なのだ。
なぜなら歴史は動いているから。
そして歴史は過去と現在と未来との絶え間ない対話だから。
911テロが起こったのは過去であるが、決して過ぎ去ったことではない。
現在そして未来へと複雑に絡み合っている。
世界の安定と平和を考えていく上で、私たち人類はこの「宗教」や「テロ」、「非国家対象戦争」「国家の安全と民間人の保護」などといった新しい課題に正面から立ち向かっていかなければならない。
911テロの2年後の9月11日、私は松下政経塾の二次試験に臨んでいた。
そしてその日の午後、娘が誕生した。
このたびご出産された紀子様のお誕生日も9月11日だそうだ。
そんな9月11日は私にとっていろいろな意味をもった日である。
ちなみに、一時流行ったマイクロソフトワードでWTCの住所“Q33NY”を入力してフォントをWingdingsにすると衝撃的な事実があるなどという噂は根拠がないそうだ。
そもそも、Q33なんて住所はNYにないしね(フライトナンバーという説もあるがこれもうそ)。
でも、確かに衝撃的ではあったけど。
やったことのない人は、以下の参考を見る前にぜひ試してください。
【参考】http://en.wikipedia.org/wiki/Q33_NY



コメント (5)
9月11日になる度に
人間の命は平等ではないとつくづく思わされます。NYで起ったテロの結果3000人近くの市民が死にました。それを聞いた戦争を体験した祖母が大した数じゃないと平気な顔をしていったのを覚えています。
先進国アメリカの傷跡は世界に浸透してテロ対策として拷問を正当化したり、空爆を正当化したり、イラクを占領したりテロを阻止するためならなんでもありな状態です。
日本は日本人の命を守るために戦争を避けるために政治的に強い国にならなければならないと思います。
投稿者: こうた | 2006年09月13日 00:50
日時: 2006年09月13日 00:50
そうそう、この日シルベ同期で新宿で飲んでたの・・・
マジでびっくりしたよ〜。
ハルオとかめちゃ興奮していたなぁ。
投稿者: あっこ | 2006年09月13日 09:20
日時: 2006年09月13日 09:20
こうた、
コメントありがとう。
確かにね・・・
911テロで亡くなった民間人の数を、イラク戦争で戦死したアメリカ兵の数がとうとう抜いたみたいだね。
あと、今回のイラク戦争で亡くなった民間人は4万人を超えるらしい。
911の犠牲者が3000人弱ということを考えると、すごいことだよな。
投稿者: gemma | 2006年09月13日 16:15
日時: 2006年09月13日 16:15
あっこ、
コメントありがとう。
そうだったのか。いっつも呑んでんな、やはり。
それはそうと、↑この「こうた」って、あの「こうた」だって気づいてた?
投稿者: gemma | 2006年09月13日 16:18
日時: 2006年09月13日 16:18
あの日はマウイ島から帰ってきたばかり
で思わず妻に電話しました。大変なことが
起きたと。家の前のバス停のベンチで長い間座ってました。確かに鮮明に覚えています。
投稿者: かねこ | 2006年09月14日 10:45
日時: 2006年09月14日 10:45