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考える力

数日前の新聞に、ある小学校で模擬裁判員制度の授業をしたことが紹介されていました。

その内容も面白く、「3匹の子豚」の子豚たちが最後にオオカミをぐつぐつ煮えたぎった鍋で”退治”したことは、殺人罪か正当防衛か、というものだったと記憶しています。


この取り組み、今の教育にとても必要なことなんじゃないだろうかと感じました。
導き出すべき答えがあるわけではなく、自らがどう考えるかを議論しあう。
そしてなにより、自らが自らの信念とか、これまで学んできたものを頼りに、自分で考える。

日本人は戦後教育の中で、こうして自ら考えるということを忘れてきてしまったのではないかと感じます。
誰かにやり方を教えてもらったり、正解を教えてもらったりするのではなく、「こうだからこう」と自ら考える風土を取り戻したい。

これは決して我を通すとか、和を乱すことに直接的につながりません。

自ら考え、他人の考えにも素直に耳を傾ける。

こうした教育の仕方が、私はあると思います。

コメント (3)

こうた:

まさしくその通りだと思います。
自分が学生の時代はどうしても記憶力重視の勉強をしていたような気がしました。

自分が考えるに、世の中で本当に大事なのは、何かを生み出す力。それは、自分の頭で考えて、考えた事が自分の心に反していないかを自分の心にたずね、そして正々堂々と世の中でそれを表現する力、勇気 それらこそが強い日本を作ることに必要なことなのではないでしょうか?

がんばってください。

manami:

源馬さんの意見に強く同意します。
私がアメリカの大学で一番すごいと思ったのは、この「考える力」を授業で積極的に取り入れていることでした。教授は生徒がおかしなことを言う、正論を言うに関わらず、どう考えているのか導くのがとても上手でした。専攻の学部によるとは思いますが、私の学部ではテストより論文が多く、自分で考えて、いかに論理的に文章を書いて、相手を説得できるか、という技術も学んだように思います。
日本でも「考える力」をつける授業が多くなればいいですね。

源馬謙太郎:

こうた、
コメントありがとう。
本当に僕らの世代はそういう教育のど真ん中だったよね。
こうたのいうとおりで、国力というのは、いろいろなインデックスがあると思うけど、教育力というのはその国力を大きく左右するものだと思っています。

manami、
コメントありがとう。
会話というのは、本来は自分の考えを伝え、相手の考えを知るところにあるはずなのに、そういうことができていないことも多いよね。
お互いにアメリカで学んだことを日本のためにもしっかりと生かしていきたいね。

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