今朝の新聞で知りましたが、1933年の今日、アメリカでは
ニューディール政策の柱といわれた全国産業復興法(NIRA)が
成立したんだそうです。
1929年の世界大恐慌で大打撃を受けたアメリカ経済の建て直し
のため、フランクリン・ルーズベルト大統領はニューディール政策
というケインジアンな政策を展開したわけです。
いみじくも後にケインズが言ったように、「私の説の正しさを証明
できるに十分なほどの財政支出は、戦争でもない限り不可能だ」
というほど、現実的ではありませんでした。
NIRAは企業の生産を規制して、企業には利潤を確保させ、
労働者には最低賃金を確保させ、生産力や購買力の向上を
はかることを目的としていて、まさに政府の経済への介入です。
私は公共事業になにがなんでも反対とは言いませんが、
なんども述べているように基本的には政府の介入はなるべく
最小限にとどめ、一人ひとりが自由な活動をする中から
生まれてくる活力を信じています。
その自由な活動から多様性が生まれ、技術の進歩なども
生まれてくるのだと思っています。
しかし日本はこの「自由」を意味をまげて輸入してしまった気がします。
“なんでも好きなことをしていいのだ”
“人に迷惑かけなければなんでもいいのだ”
“他人なんて関係ないんだ!”
などという風潮がないでしょうか。
経済活動と直接関係ないところでも、たとえば先日の秋葉原の
事件などを見ると、ひしひしとそういう気がしてしまいます。
そんなことを改めて考えさせられる、新聞記事でした。
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コメント (2)
初めて、コメントさせて頂きます。
>しかし日本はこの「自由」を意味をまげて輸入してしまった気がします。
から以下はまさしくその通りと納得できるのですが。
私の理解が正しければニューディール政策は世界恐慌という今まで誰も経験しなかったとんでもない大不況から脱出するため、行ったのだと理解しております。
現在の日本にもこのような考え方は必要だと私は思っておりますが、源馬先生はどのようにお考えでしょうか。
お考えをお聞かせ頂ければと思います。
投稿者: 新三 | 2008年06月21日 21:46
日時: 2008年06月21日 21:46
新三さま、
コメントありがとうございます。
NIRAを含むニューディール政策は、おっしゃるとおり
大恐慌から脱するための政策でした。
効果は一時的にはあったと思います。
しかし、結局は失業率もまた20%ほどにまですぐ
あがり、本格的にアメリカが大不況から脱したのは
結局は先の大戦に参戦してからだったと理解しています。
私は今の日本にニューディールのような政府が
介入する政策が望ましいとは思いません。
基本的には市場の自由な活動の中から活力を生み、
経済活動を活発化していくべきだと考えています。
今後ともご指導いただけますよう、よろしくお願いいたします。
投稿者: 源馬謙太郎 | 2008年06月26日 22:14
日時: 2008年06月26日 22:14