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雑感

2005年02月10日

北朝鮮とカンボジア

昨日の日本対北朝鮮、見てて緊張した。
もうちょっと楽に勝つもんだと思ってた
しかし、なによりカンボジアで中継見れてよかったよ。
カンボジア(都市部のみ)では、一応NHKのワールドプレミアムという海外向けプログラムが見れるんだけど、また放送権の都合で見れないということになるんじゃないかとそれもハラハラしてた。

NHKを見てると「放送権の都合で映像をお見せすることはできません」という画面になることが結構あるんだよね。
ずっと制止画。
オリンピックの時なんか、ニュースの時間もオリンピック関連のニュースが多かったけど、ほとんどこの画面でラジオとかわらんかった
基本的に放送権というのは各国で放送する権利のことであって、例えばNHKが放送権を買ったといってもそれは通常日本国内で放送する権利であって、海外でそれを放送しちゃいけないらしい。

昨日は結局NHKのワールドプレミアムでは放送されず、Star Sportsというケーブルチャンネルで放送してたのを見れたからよかったけど。
 

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2005年03月10日

東京大空襲から60年

60年前の今日、東京が大空襲に遭い、10万人もの人が亡くなった。

ニュースでも取り上げられはするが、テレビでは議員のエロ事件より後だし、新聞では1面じゃないし、扱いは決して大きいとは言えない。

実際に経験した人たちの数が徐々に少なくなっていくように、またこうして歴史が風化していくのかと不安を感じる。

我々日本人は、空襲の被害に遭われた方々の尊い犠牲の上に生活しており、そして平和に暮らしている。
決してどっかから平和が降ってきたわけではないことを、忘れないようにしたい。


それにしてもなぜ「平和主義者」と自称している人たちの多くはこの東京大空襲のことをあまり取り上げないのだろう。
ユダヤ人虐殺が大事件であったように、東京大空襲も人権を無視した大事件であったはずなのに・・・
戦争中たくさんの人を殺した日本は絶対的悪でした、と主張する人たちは東京大空襲についてあまり声を上げないようにみえるが、どう思っているのか聞いてみたい。


歴史を見るとき、特に戦争などの歴史を見るとき、それをどう解釈するかは立場や時代背景によって変化する。

近年は日本でも大分歴史を正面から見つめようという流れができつつあると思うが、まだまだ自虐史観にとらわれている人が多いと思う。

重要なことは誰が悪いかとかそういうことではなく、その歴史を現在や未来にどう活かしていくか、ということなのだ。


少なくとも日本は60年前のこの日に東京大空襲を経験し、たくさんの人が亡くなった。
これを日本の歴史の一部としてしっかりと受け止め、日本として世界の平和のためにどうしていくべきかを考えなければならない。


たくさんの犠牲者の方のご冥福を心よりお祈りしたい。

2005年04月06日

カンボジアから日本へ

ポチェントン

久しぶりの更新になったけど、カンボジアのみんな元気か?
帰国の時はたくさんの見送りありがとな。
空港で涙のみならずゲロをはいてくれるとは思わなかったけど、それはそれなりに愛を感じたよ。

さて、結局俺らは3月26日に無事に帰国した。
何度もいうように、想定以上に長い滞在だったけど、不思議なことにまたいつか必ず行こう、という気持ちになっている。
しかも、まだなんとなく、
カンボジア
から一時帰国してるだけ、というような錯覚すら感じる。
単調な生活に飽きは来るし、飯も食うとこすくないし、一年中暑くて季節感ないし、4年は長いと思ってたけど、やっぱり愛着を感じるようになってたんだと思う。
じゃないとやっぱり満足いく仕事もできなかっただろうし。
ま、気が変わらない限りまた遊びに行きたいと思ってる。
そしてどこがどう変わって、なにがどう変わっていないかを見て楽しみたい。


というわけで、帰国したけど、とりあえずは「ボジア通信」としてそんなカンボジアでのことを中心に書いていきたいと思う。


最後に、コメントをくれた皆さん、連絡が遅くなりましたがありがとうございました。
今後ともどうぞよろしく。

2005年06月22日

日本人とクメール人

今うけている政経塾の研修のひとつに「国際日本学講座」という講座がある。
要するに「日本とは何なのか」を考える講座なのだが、昨日面白いことを教えてもらった。

日本の成り立ちの神話が記されている「古事記」に、なんとクメール人のことが記されている可能性があるのだ。

 

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2005年08月15日

戦後60年 終戦の日

a5c2d1b8.jpg今日は8月15日終戦の日。
しかも戦後60年という節目の年であるこの日に、はじめて靖国神社に行ってきた。

靖国参拝について外交問題と絡めてあーだこーだいう人もいるけど、そもそもそんなことをあーだこーだすること自体おかしいと考えている。
先の大戦で犠牲になった人たちだけでなく、靖国に祀られている人たちは(だけではないが)日本を作るために命を賭した人たちであり、俺はその人たちに感謝と哀悼の気持ちを持っている。
そしてそれらの人の犠牲の上に立つ今の日本が享受している平和の意味と意義を噛みしめる。
これが参拝する理由であり、それは誰かにとやかく言われることではない。
公人だろうが個人だろうが、基本は同じである。

しかし、こういう問題で近隣諸国とただ感情的にやりあうことを得策とは思わない。
ここで細かく書くのは避けるが、要はこの気持ちを持ちながらどのように将来に目を向けるかである。

この靖国神社のことを外交問題として取り扱い、そのテーブルに載せることに無理があり、無駄があると思えてならない。

2005年08月18日

橋田信介氏と「覚悟」

8月15日にTBSで「覚悟」〜戦場ジャーナリスト橋田信介物語〜というドラマが放送された。
戦後60周年記念ということで、終戦の日スペシャルドラマとして放送された。

橋田信介さんとは、実は生前親しく付き合いをさせていただいたので、久しぶりにこのドラマを見て、また彼を思い出し、もう橋田さんがイラクで殺害されてから1年以上も経つのかと、その時の早さにも感慨深いものがあった。

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2005年09月19日

衆院選挙応援を終えて

9月11日、衆議院議員選挙の投票が行われ、結果が即日開票された。

政経塾の研修で今回は秋田2区から立候補した小野貴樹先輩の事務所でお世話になった。
自民党公認で、いわゆる「造反組」が出た選挙区からの立候補だった。
結果は残念な結果になってしまったが、準備期間もほとんどないうえ相手候補は7期国会議員を務めた大ベテランで、一方こちらは地縁もないという、非常に厳しい戦いであったが、5万5千人もの有権者から支持を得ることができた。

今回も俺自身は選挙の研修というよりもお世話になった小野先輩の応援をしようというつもりで選挙の応援に入ったけど、敢えて研修といういう意味でもいろんな勉強をさせていただいた。
特に選挙事務所では実質事務局長のような立場を任せてもらい、事務周りという一見地味ではあるが重要な仕事を知ることができた。
街宣カーに乗って、辻々で演説をして、ビラを配って、という華やかな選挙活動の裏には、必ず事務局の調整があるのだ。


自民党は歴史的ともいえる圧勝をして、民主党の代表には政経塾出身の前原先輩が就任した。
政局は動いている。
そんな中でもやはり何はともあれ、選挙は候補者本人のあり方がもっとも大事なんだろうと思う。
今後自分がどう活動していくかということも考えるべきところが多いが、どんな局面のいても常にブレない軸を持ち続けたい。
その根底はやはり「日本を良くしたい」という志であり、自分の中にある原理原則なんだろうなと改めて考えさせられた選挙研修であった。

2005年10月26日

24

今日は大変気分が悪い。
日本シリーズが終わったばかりだけど、あえてまったく違う話題を書くことにする。


アメリカのテレビドラマの「24(Twenty Four)」に今更ながらはまってる。
このドラマ、アメリカのテロ対策機関をテーマにしていて、悪党であるテロリストたちとの戦いを描くという、非常にシンプルな内容。
特に映像がすごいとか役者がすごいとかいうこともなく、やはりそのドラマの進展の仕方がいい。
24時間の物語がひとつの巻(シーズンという)になっていて、一時間一話でストーリーが進行していくわけだけど、ま、これだけはやったドラマだし、あんま解説はいらないか。
とにかく久々にドラマにはまった。


しかし、現実はこんなテロ対策はないだろうな。
大体テロの情報をほかの政府機関から聞かされたりしてたらダメだろ。


まだ見てない人はぜひ見てみたらいいと思う。
かなりお勧め。


あ、でも俺はまだシーズン〓までしか見てないから、余計なコメントは遠慮します。



Story
CTUのLA支局長・ジャックが事件を捜査するために奔走する24時間を描いた、K・サザーランド主演のサスペンスセカンドシーズン第1弾。核使用のテロ計画が発覚し、ジャックの永い一日がまたもや始まる第1話「8:00」と...(詳細こちら

2005年10月28日

吉田松陰の志

今日は吉田松陰先生の命日である。
松陰先生は安政6年(1859年)のこの日、維新を見ずに29歳でこの世を去った。

松陰先生に関する本を読んだりその思想に触れたりする中で、彼の日本に対する熱い想いにはいつも心を打たれ、背中を強く押される思いがする。

今政経塾の座学の一環で、「講孟箚記」を読んでいる。
これは松陰先生が下田からアメリカに密航しようとして失敗した後、野山の獄に投ぜられ、その獄中で他の囚人たちのために「孟子」を講義した講義録である。
それだけでもものすごいことだけど、その中にはやはり漢として、志士としての生き方のエッセンスがある。

その中の一節で
「時に遭ふも遭はぬも、みな天に任せて顧みず。我にありては道を明らかにし、義を正しうし、言うべきを言ひ、為すべきを為すのみ」
と述べている。
まったくそうありたいものである。

松陰先生の命日のこの日は、改めて松陰先生の志を思い、自らの志をさらに固めていきたいと思った一日だった。



人はなぜ勉強するのか―千秋の人吉田松陰


はじめに志ありき―明治に先駆けた男吉田松陰


松下村塾と吉田松陰―維新史を走った若者たち


吉田松陰・留魂録

2006年01月09日

「どういたしまして」の心

中国に行ったとき感じたことのひとつに、ある中国語のフレーズの美しさがあった。

中国語には実に美しい表現があるんだなぁと感動した。
どうということのない言葉だけど、「不謝(ブーシー)」とか「不客気(ブーカーチー)」といって、「どういたしまして」という意味の言葉。
謝々(ありがとう)、というと、どんなに小さなことでも必ずブーシーとかブーカーチーと返ってくる。

これが本当に気持ちがいい。

響きがいいということもあるかもしれないけど、やはり意味もいい。
何かをして、人から感謝されたとき、「気にしないでください」「どういたしまして」とは、なんて気持ちがいい言葉なんだろう。


言わずもがなだが、日本にも「どういたしまして」という言葉がある。
でも、文章では見ることもあるけど、実際にはあまり聞かない。
少なくとも、俺は何年この美しい言葉を使ってないんだろう。


これからは、「どういたしまして」という言葉をなるべく使うようにしたい。
みんなも使っていこう。

2006年02月24日

頭山満生誕150周年記念

もうすでに先週の話になってしまったが、2月17日金曜日に明治記念館において頭山満翁の生誕記念祝典があった。

翁が亡くなってから60年以上もたつというのに、その生誕記念に千人以上の人が集まる盛大な祝典であった。

翁は自由民権運動に参加し後玄洋社を設立、大アジア主義を提唱し孫文やラス・ビハリ・ボースらの支援を通してアジアの独立運動を支えた、日本の巨人である。
右イデオローグの巨頭としても知られている。

西郷隆盛を敬愛しその戦闘精神を継承した翁の祝典では、翁のお孫さんである頭山興助氏や松本健一麗澤大学教授のお話も聞けて、とても印象的であった。


06f69e0f.jpg

これは会場に掲げられていた翁の書。
「不動」とある。

翁が未だに多くの人に慕われているのは、翁にぶれない強さがあったからであろう。
それは西郷から引き継いだ戦闘精神や「雖千萬人吾往矣」という気概であり、そして「不動如山」という気迫に集約される。


今の日本に足りないものはなんだろうか。
私がテーマとしている「公」の意識もそうであり、惻隠の情や忠恕の心もそうかもしれない。
しかし、やはりこの気概や気迫が最も欠けていないだろうか。


これを機会に自分自身を省みると同時に、翁についての研究ももう少し深めてみたい。

2006年03月09日

お勧め本

今日はお勧めの本を一冊。

書名はなんとネットで簡単!リカがやさしく教える商品先物超入門


今流行の萌え系なんだそうだ。

でも、別に萌え系だからお勧めなわけではなく、実はこの著者が俺の中学の友人。
素人には良くわかりにくい商品先物を、イラストつきでかなりわかりやすく書いてある。


ちなみに、イラストより実物の方がかわいいと、あえて付け加えておこう。


2006年05月09日

「お疲れ様」と「ご苦労様」

日本語というのは難しい。
ひとつのことを言い表すのにもいろいろな表現があるし、同じ言葉でも伝え方やシチュエーションで意味合いが変わってきたりもする。
そして何気ない言葉でもその使い方や受け取り方が人によって違ってくることもある。


たとえば「ご苦労様」という言葉がある。
よく言われるように、この「ご苦労様」という表現は一般的には見下した感があるため使わないほうがよいとされるが、まだ普通にこの言葉を使う人もまれに見かける。
そもそも、このご苦労様は相手が自分に対して労をかけてくれたことをねぎらう言葉である。→参考
これが一般的な解釈である。
実際私もこの言葉を使われると気分がよくないし、人に対しては使わない。

<参考>


しかし、中には「ご苦労様」は別に失礼でないと考えている人もいるようだ。→参考


確かにもともとの言葉の成り立ちなどは私にはわからないし、議論も別れるところだろう。そしてあまり気にせず使っている人もいるだろう。
しかし重要なのは、言葉に性格が与えられるようになり、そしてその言葉を聞いて不快に思う人が多いなら使わないほうがいいということだ。


せっかく美しい日本語という言葉を持っている我々は、言葉のもつ意味をもう少し深く考えたい。

2006年06月14日

政治とは何か

先日、ある講座で「政治とは何か」を問われたことがあった。

人それぞれその答えは違うだろうし、なかなか的確に答えるのが難しい問いである。
しかし同時に、少なくとも政治を志し、政治の要諦とは何かを探求している政経塾生であるならば、明確な答えを持っているべき問いでもあった。

私は、政治とは「世の中に存在する対立や矛盾を調整する手だてであり個と公をつなぐもの」だと考えている。

そしてその目的は、「たとえ浮き沈みがあったとしても、大局として人類が恒久的に幸福の方向に向かっていくこと」ではないだろうかと考える。

何が正しくて何が間違っているとはなかなか言えない問いであるけれど、ブレない自分の軸として常にこの問いを心に留めながら研鑽を積んでいきたい。

2006年06月25日

表現力

先日、このブログの中のある記事の表現についてご指摘をいただいた。

私の意図が伝わりにくいとのことだったので、一部表現を見直しているところである。


私はブログに限らず、表面的で当たり障りなく、無味乾燥なことばかりを言う政治家になるつもりは毛頭ない。

どんな立場にいても権力や圧力そして金力に屈せずに、言うべきことを言い、為すべきことを為し、義を全うしたいと思っている。
発言の内容には常に責任を持つつもりだし、主張をコロコロと変える人間にはなりたくない。


しかし、表現の過程で私の表現の不完全さなどへの指摘があった場合は真摯に受け止め、きちんと説明し時には表現を見直す必要もあると考えている。

このためにこそ表現力というものは重要であり、その意味において今の私は表現力をもう少し磨いていく必要があるなと感じているところだ。

2006年07月03日

ワールドカップニオモフ

ワールドカップも4強が出揃い、いよいよ佳境である。

これまでワールドカップについてはあえて書かずにきたけど、サムライブルー敗退の後もジダンの活躍、ポルトガルの躍進、カテナチオの復活、など話題には事欠かない。

そして今日は中田の引退が発表された。
見事な引き際で、その意志の強さと潔さはさすがと思う。


サッカーというスポーツはなんでこんなに人々の情熱を駆り立てるのだろう。
単純に国対国だからではない。
明らかにこの前のWorld Baseball Clasicとは違う。
サッカーだからでもない。
普段はJリーグ、いやサッカーに何の興味もない私も熱くなる。
なぜかはわからないが、熱くなり、日本を心から応援する。


今日本では「愛国心」という言葉について議論されている。
自分の国の代表を心から応援し、熱くなれる気持ちが多くの日本人には確かにある。
愛国心と憲法に明記すべきかすべきじゃないかなんて議論があること自体悲しいことだ。


私は日本が好きだと胸を張って言える。
国を愛する気持ちであり、祖国や郷土を愛する気持ちである。
それを愛国心と呼ぶか祖国愛と呼ぶかは私にとって、どうでもいいことだ。

2006年08月03日

「民主」と「愛国」

今日は前々から読まなきゃと思っていてなかなか入手できなかった本を購入した。
小熊英二氏の「民主」と「愛国」

なぜなかなか手が出なかったかというとその値段(6300円)もさることながら、そのボリューム(966ページ)。

しかし戦後の国家とは何かを考える上では必読の書ではないかと思う。
がんばって読まないと。


そしてついでにこんな本も買ってみた。


読みたい本が、読まなきゃいけない本がどんどん増えていく。
時間がないと痛感する。

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性


王様の速読術

2006年08月19日

世界バスケ

今日からいよいよ世界バスケが始まる。
World Cup、WBCに比べるといまいち認知度も低いようだけど、ずっとバスケをしてきた私にとっては非常に気になるイベントである。

しかも浜松も会場のひとつとなり、グループCが予選リーグを戦う。
グループCはブラジル、オーストラリア、ギリシャ、トルコ、カタール、リトアニアの6カ国。
アメリカ選手権でアメリカを破ったブラジルのパワーバスケはぜひ見てみたい。

浜松はブラジル人の人口も多い。
大いに盛り上がるに違いない。

2006年08月22日

易経

今、易経を少し勉強している。

易経と聞くと、占いのような響きがあり、実際私も占いの学問かと思っていた。
しかし実際は占いではなく、「時の移り変わり」をみる学問で、非常に体系的で現実的である。

世の中のことをこの「時」から判断し、対処していく方法が記されたのが易経であり、それはリーダーのあり方にも非常に大きな示唆を与えてくれる。


易経の基本的理念は、「万物は移り変わるもので普遍のものはない(変易)。しかしその移り変わりには一定の法則があり(不易)、それらを理解すればさまざまなことに対処できる(易簡)」というもの。

その移り変わり方には64種類あるが、リーダーとしてのあり方はその中のひとつで、龍の成長にたとえられたものがある。

リーダーには龍が水面下に潜るようにして志を養う時期が必要で、その後には水面から顔を出し先達から学ぶ時期、日々努力し自反する時期、雲に乗り躍動する時期、そして世の中に恵みの雨を降らせるために飛び立つ時期がある。
そしてどれだけ興隆を極めても、やがては衰退する時期がある。

その時々の「時」を観ることが重要で、出処進退もこの「時」を観て決していくことが望ましいとしている。


興隆を極め権力を手にしたリーダーは、古今東西引き際を誤ることが多い。
これではせっかくいいことをしても世の中にはマイナスである。

自らの利益にとらわれるとそれを手放したくなくなるのは人間の性質かもしれない。
でも、それにいかに打ち克てるかが重要である。
易経でも論語でも、人間には「正」と「邪」があることを認めている。
まずは自分の中にも「正」と「邪」があることを認め、それに打ち克つように努力していかなければならない。

自分には「邪」がないなどという人間は、なかなか信頼できない。

2006年08月23日

器量と度量

リーダーに必要な要素としてよく挙げられるものに、「器量」とか「度量」とかがある。

器量とは、「ある立場においてその仕事をきちんとやってのけるかどうかという観点から見た、人の対処能力」であり、
度量とは、「自分への批判も含め他人の言行を受け入れる心の広さ」であると定義される(三省堂「新明解国語辞典」より)。


竹村亞希子氏の著書にもあったことだが、現在の社会におけるリーダーはいわゆる「器量型」が多いような気がする。
もちろんある程度の器量は必要だしリーダーが能力不足では問題外であると思うが、リーダーたる人間にはそれ以上に「度量」が求められるのではないだろうか。

このあたりも常に自反しながら自分を成長させていきたい。

2006年08月30日

「最終戦争論」

松下政経塾のレポート作成のため、石原莞爾の「最終戦争論」を読んだ。

戦中の中国大陸侵略の頭目であると同時に、アメリカとの戦闘や満州国建国に反対した石原だが、その根拠となった思想は、特異なものだったと改めて感じさせる。
法華経に影響されたその思想は、超簡単に言えば最終戦争というべきものがいずれ東亜対米州の間でおき、その結果世界は平和になるというもの。


その予想や分析にはもちろん結果的には現実にならなかったことのほうが多かった。
今読めばちゃんちゃらおかしな未来予想とも言えるものも多いし、石原の思想がすばらしいとも思わない。
むしろ突拍子もない考えである。

しかし再考すべきはその予測や思想の正否ではなく、大東亜の思想に隠されてしまった平和を希求する心じゃなかったか。
そういう思想の存在を、後の日本人であるわれわれは知っているだろうか。
当時の日本人は他国に侵略し世界を征服することを目指していたと、通り一遍等に教えられてこなかっただろうか。
その背後にはいろいろな思想があり、複雑に入り乱れている。
「亜細亜」をめぐる行動には「侵略」という客観的事象があったと同時に、「連帯」や「平和」という理想もあったと私は考える。


石原も拠っている「八紘一宇」の思想も、本来は道義に基づく世界の平和的統一を表す日本書紀のなかから出てきたものなのに、いつの間にか日本の世界征服のスローガンみたいにして一人歩きしてしまっている。


・・・六合を兼ねて以て都を開き八紘をおおうて宇(いえ)を為さん・・・


神武天皇の建国の詔勅の中の言葉だそうだ。
まったくもって征服の思想ではない。

こういうところをみても、教育の問題は日本の重点課題だといえる。

2006年09月01日

防災の日

今日は9月1日。
防災の日だ。
全国各地で防災訓練が行われた。

ここ浜松も大規模な防災訓練と避難訓練が行われた。
大雨の中、なかなか大変な訓練だったようだ。

浜松を含めた東海地方は、東海大地震という将来の不安を抱えている。
専門家によればそれはほぼ確実に起こるものらしいし、規模も相当大きなものとなることが警告されている。
そうした未来の災害にいかに備え、心構えと対応策を講じておくのはこの地方の大きな課題である。


そんな中今日行われた防災訓練。
シナリオを立てずに行うという試みはいいものだったと思う。
本当の災害はシナリオどおりのことなんて何一つ起こらないだろうから。

しかし、雨の中ということもあり、一部では救助活動訓練の場に警察・自衛隊・消防が入って連携して訓練を行うはずのところが、消防の到着が遅れ何もできなかったということも起こったようだ。
もちろんこれは訓練だし、ここからなにを教訓にしていけるかが問われるのだと思うが、「雨だから到着が遅れた」というコメントではなにも教訓にできないだろう。

2006年09月12日

911

cceb7519.jpg9月11日。
5年前NYで同時多発テロがおこった日だ。

もうあれから5年もたったのか、という思いがやはり強い。


私はあのとき、カンボジアにいた。
日本にいた妻と国際電話で話しているとき、何気なくつけっぱなしになっていたNHKの画面に映されたその光景は衝撃的だった。
よく言われることではあるけれど、映画か戦争の映像かと思った。
そしてマンハッタンには妹が住んでおり、なかなか連絡が取れず安否が心配だった。


あるキャスターが言っていたとおり、世界中の多くの人があの時あの瞬間自分が何をしていたかをはっきり覚えている事件であったことに疑いがない。
それだけ衝撃的で、それだけ私たちの話題にもいまだにのぼるテロだった。


このテロをきっかけにして国際社会が大きく揺れ、戦争の形態が変化した。
国際政治の力の均衡をはじめ世界システムの構造も大きく変化しつつある。
最近では、このテロの結果起こったイラク戦争の是非が問われたり、アメリカの陰謀説までもが流れたりしている。
歴史問題に関してはどのイシューもそうだが、後付のもっともらしい批判やたられば論は無益でしかない。
これを今と未来に生かすことが大切なのだ。

なぜなら歴史は動いているから。
そして歴史は過去と現在と未来との絶え間ない対話だから。
911テロが起こったのは過去であるが、決して過ぎ去ったことではない。
現在そして未来へと複雑に絡み合っている。
世界の安定と平和を考えていく上で、私たち人類はこの「宗教」や「テロ」、「非国家対象戦争」「国家の安全と民間人の保護」などといった新しい課題に正面から立ち向かっていかなければならない。


911テロの2年後の9月11日、私は松下政経塾の二次試験に臨んでいた。
そしてその日の午後、娘が誕生した。
このたびご出産された紀子様のお誕生日も9月11日だそうだ。
そんな9月11日は私にとっていろいろな意味をもった日である。

 
ちなみに、一時流行ったマイクロソフトワードでWTCの住所“Q33NY”を入力してフォントをWingdingsにすると衝撃的な事実があるなどという噂は根拠がないそうだ。
そもそも、Q33なんて住所はNYにないしね(フライトナンバーという説もあるがこれもうそ)。
でも、確かに衝撃的ではあったけど。

やったことのない人は、以下の参考を見るにぜひ試してください。
【参考】http://en.wikipedia.org/wiki/Q33_NY

2006年09月20日

自民党総裁

自民党総裁選は前評判どおり安倍新総裁の完勝で決着した。
51歳で自民党戦後最年少の総裁。
若さゆえの経験不足も指摘される中で、これからどうやってリーダーシップを発揮するのだろうか。


アジアは今日もタイでクーデターが起こるなど、不安定な状態である。
日本はアジアのなかにあってどうやって地域と世界の安定を図っていくのか。
これは大きな課題である。

事実上総理大臣になる安倍新総裁の具体的外交政策も聞いてみたかった。


将来は総理大臣は直接選挙で決めるべきだと思う。
少なくともそうすれば、もう少し政策論議もでてくるだろうし、国民の政治参加も促されるだろう。

2006年09月26日

ブログのリニューアル

24日から東京にきています。

メインは25日の夜の「政治講座」と26日の「安全保障に関する勉強会」に参加するためですが、その合間にいろいろとアポをとりなかなか忙しい3日間です。
アポの合間に、喫茶店にてブログを更新しています。

さて、これまでこのブログを呼んでくださっていた方は、少しあれ?と思っているかもしれません。
リニューアルというほどではないけれど、書き方を変えてみました。
キャラクターと違うなどという突っ込みはいりません。

これまでこのブログでは、カンボジアの日常や平和構築プロジェクトについて思うこと、松下政経塾での修行の日々の中感じたことなどを、ほんとにつれづれなるままに書いてきました。
だから文面もどちらかといえば断定的、独り言的でした。
それはそれで媚びずに言いたいことを言うスタイルには都合がいいかなとも思ってきました。

そんな中、24日に久しぶりに再会した大学時代の友人からウェブについていろいろ教えてもらい、これからのウェブは一方的な情報発信ではなく、インタラクティブであるべきと教えられました。
彼はウェブプランナーで、ほんといろいろ勉強させてもらった。

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なるほど、一方的に言いたいことを言うことはいくらでもできるけど、インタラクティブなものを目指していくなら、話すような口調にすべきだと考え直し、ここら辺で変えてみることにしましたが、どうでしょうか。

↑これがインタラクティブではなかろうか。


これまでも皆さんからのコメントは受けつけてきましたが、これからもどんどん受け付けていきたいと思ってますので、じゃんじゃん頼みます。


「だ」「である」調に慣れてしまった私には、なんとなく「です」「ます」調は軽く感じてしまうけど、内容を軽くするつもりはありませんし、キャラクターが変わったわけでもありませんのでこれからもよろしくお願いします。

2006年09月28日

デザインもすこし変えてみた

この写真は、カンボジア時代にプロジェクトで回収した小型武器です。
大体2000丁から3000丁の武器を、こうしてパイルに組み軽油をかけて焼却処分します。
これらはまさに焼却されようとしている武器です。


小型武器といえば、コロンバイン高校事件以来、カナダやアメリカの学校での乱射事件が絶えません。
今日もまたアメリカで事件がありました・・・
武器を一丁一丁説得しながら回収していた私から見ると、銃の製造国で輸出国のアメリカでのこういう事件はほんとがっくりきます。

学校の安全が守られていないというのは本当は異常な状態です。
日本の学校も、昔は門なんて開きっぱなしでもぜんぜん問題なかったのに、学校の安全が守られないようになってからは門も閉ざし、ずいぶん閉鎖的な雰囲気になってしまいました。
監視カメラのついてる学校も増えましたね。
これからアメリカのように校内に警察を置いたり、金属探知機をおいたりするような学校が出てくるんでしょうか。そんなばかばかしいことをアメリカから学ぶ必要はないはずだ!
 

この風景を寂しいと思うのは私だけですか。


ノスタルジーに浸って農村のような風景を取り戻したいと思っているわけではない。
でも、昔あったよい風景はなくしたくないし、子供たちの世代に受け継いでいってあげたい。

むしろ、そうしていいものを次の世代に残していくことこそが今生きてる私たちの使命なんじゃないかと思っています。

政治も同じです。
国民全員が子供たちの世代に明るい光を灯せるように生きていく社会を築いていかないといけないと思っています。

2006年09月30日

日本代表ディープインパクト

日本の最強馬といわれるディープインパクトが明日凱旋門賞に挑む。

私は競馬はやらないが、それでも心が熱くなる。
現在のところ3番人気らしいけど、日本代表としてなんとか世界一の栄冠を手に入れてほしい。


サッカーのワールドカップやオリンピックもそうだけど、国の代表が戦う場というのは、その国民の心を掻き立てるものだと思う。

よく、国境が薄れつつある現代や近い将来において国家そのものの存在意義が薄れる、などという人の話も聞くけれど、それはありえないんじゃないかと思う。

国家にはいろいろな定義があるが、一番基本的なところには「アイデンティティを感じるところ」という共通項がありそうだ。
領土があり、国民がいて、独立が守られてる、云々は実は便宜的な定義づけなだけであって、それよりも大切なことはそこに住む人が「私は日本人だ」と思えるかどうかではないでしょうか。

国家の存在意義が薄れつつあると主張する人、国家なんていらないと主張する人は、オリンピックやワールドカップを見ながらどこを応援するんだろうか?

ディープインパクト、がんばれ!

2006年10月02日

プリンシプルのない日本

最近本屋に行くことが多いのですが、白洲次郎関連の本がよく売れています。

政経塾の先輩である高松塾生も白洲次郎邸を訪れたそうですが、私も前から好きな日本人の一人。
GHQに「従順ならざる唯一の日本人」といわれた男。

「風の男白洲次郎」は以前読みましたが、彼自身の言葉を集めた「プリンシプルのない日本」を昨日読みました。

ほんと日本男児はこうありたいと思います。

彼もその著書の中でもいっているけれど、何で日本人は物事をはっきり言えないのでしょうか。

まぁまぁといって丸く治めようとしてしまう・・・
当人がいる前では適当に話を合わせて、「大変有益なお話を伺いまして。善処いたします」などといい、その人が帰ると「何言ってやがんだ、馬鹿やろう」なんていう・・・
自分の周りのちょっとできそうな人の足をすぐに引っ張る・・・

なぜかこういうのを「和を大切にする」ということと勘違いしてる日本人も多い気がします。
こんなのは「和の精神」でもなんでもないはずなのに。
こういうことを日本の文化と勘違いして、日本の美徳と勘違いして続けていくと、日本は本当に大変なことになります。
今でさえ、平均的な、毒にも薬にもならない人が生き易いシステムなんだから。


言うべきことはきちっと言う。
結局は権力や多数派に抑えられることがわかっていたとしても、自分の心が正しいと感じることをしっかりと口に出す。
きっと一番後悔するのは自分の心の正義に沿わなかったときだろうと思います。

白洲次郎がいうように、こういう心がけが大切だと改めて思いますが、みなさん、そうやって生きてますか?

悪いことと思いながら、「いくら言ってもどうせきいてくれないから」とか「みんながそうするから」とか「言ったら立場が悪くなるから」なんて言い訳して、自分を偽っていませんか?

2006年10月11日

残念ながら

昨日中日のセリーグ優勝が決まってしまった。
阪神もあれだけの追い上げを見せたけど、後一歩及ばなかった。
希望を持たせる追い上げだっただけに、残念だった。

しかし、勝負は勝負。
球史に残る優勝争いだったんじゃないでしょうか。

そして落合監督の涙は、阪神ファンの私から見ても美しかった。
シーズン中はいろいろなことを言われてもいちいち反論したりせず、あえて口をあまり開かなかった監督だが、信念を持って選手に全幅の信頼を寄せていたのがよく伝わってきた。

星野シニアディレクターにしても、落合監督にしても、王監督も、プロ野球界の監督には人物が多いような気がする。
「言い訳をしない」「自分を守らない」ということも、人物になる条件なんだろう。

2006年11月02日

自分の目で物事を見る

本当に大切なことは何なのだろうか。

私は今年の塾での年頭の挨拶で、物事の本質を見る目を養いたい、と塾長にお話した。
日々の暮らしの中では、なかなか物事の本質を見るのは難しく、どうしても上辺の損得や利害や常識や世間体などに囚われてしまいがちだけど、それでもその本質を見極めて物事に取り組んでいきたいと思ってきた。

社会の中でも、ルールや決まりごとなどの些事に囚われて、物事の本当の大切なところを見ていない人が多いように思う。
とりあえず言われたことをこなしていればそこから何か見えてくる、というのは、これまで日本が培ってきてしまった悪しき画一化の流れではないだろうか。
何が大切なことなのかをきちんと自分の目で捉えていくことが必要だと思う。
それは、決して自分にとって楽だったり快楽だったりすることを選ぶということではない。
自分で物事を考えるということだ。


年頭から半年が過ぎた今、私も目標には程遠い。
囚われてしまうことのほうがまだ多い。

しかし、これはつまり「道」を知ることであり、一生の課題である。


ある人から受けた相談事について考えながら、やはり大切なのは本質を追求していくことだと感じている。

2006年11月07日

RHODIAのメモ帳

RHODIAのメモ帳を購入した。

メモ帳を持つなんて小中学校のとき以来のような気がするけど、最近外に出て気がついたことを書こうとする時にメモ帳があると便利だなと感じることが多い。
結構大きいシステム手帳を使っているので、なかなかそれを持ち歩くのも大変だった。


それにしてもフランス生まれのこのRHODIA、なかなか洒落ている。
メモを取るモチベーションはこれだけであがりそうだ。

2006年11月18日

再び茅ヶ崎へ

明日からまたしばらく茅ヶ崎の塾に滞在。

まだ詳細は明らかにできませんが、少しこれまでとは違う気持ちで向かいます。

そして来週中盤からは、塾生の一部は台湾にスタディツアー。
今回は諸般の事情で参加できないが、私も機会があったらカンボジアスタディツアーを企画したいものだ。

2007年02月01日

浜っ風

かなり暖かかった昨日とはうって変わって、今日は風の強い日でした。
浜松特有の浜っ風が吹き荒れ、気温よりも寒く感じました。

今日は朝からあいさつ回り。
叔父と一緒にいろいろな方とお話させていただきました。
こうしてお話をさせていただいていると、いろいろなご縁があるものです。
昨日お会いした方は、学校の先生をされていた方ですが、実は私の父を教えていたことがあったと判明。
地域がぜんぜん違うし、まったく違う関係でのお付き合いなのに、そういうこともあるものですね。

2007年02月08日

考える力

数日前の新聞に、ある小学校で模擬裁判員制度の授業をしたことが紹介されていました。

その内容も面白く、「3匹の子豚」の子豚たちが最後にオオカミをぐつぐつ煮えたぎった鍋で”退治”したことは、殺人罪か正当防衛か、というものだったと記憶しています。


この取り組み、今の教育にとても必要なことなんじゃないだろうかと感じました。
導き出すべき答えがあるわけではなく、自らがどう考えるかを議論しあう。
そしてなにより、自らが自らの信念とか、これまで学んできたものを頼りに、自分で考える。

日本人は戦後教育の中で、こうして自ら考えるということを忘れてきてしまったのではないかと感じます。
誰かにやり方を教えてもらったり、正解を教えてもらったりするのではなく、「こうだからこう」と自ら考える風土を取り戻したい。

これは決して我を通すとか、和を乱すことに直接的につながりません。

自ら考え、他人の考えにも素直に耳を傾ける。

こうした教育の仕方が、私はあると思います。