ぶれないことと固執すること

2011.01.24

私の尊敬する政治家の一人に、台湾の李登輝元総統がいます。
みなさんもご存知の通り、総統の直接選挙を行い、台湾の民主化を導いた指導者です。
先日、李登輝氏の手記を読みましたが、やはり心打たれます。
目標を明確に見定め、それに向かって柔軟に対応して行く姿は、まさに今の日本の政治家に足りない部分ではないかと感じます。
しなやかで物腰も柔らかい印象がありますが、どっしりとした重厚感を感じるのは、その軸のぶれないことにあると思うわけです。
しかし李登輝氏は、変化しやすい、と言われてきたそうです。
ぶれないのに変化しやすいとはどういうことなのか、日本の政治家で一つの政策にこだわりつっけているのにぶれないという印象が薄いのはなぜなのか、すこし考えてみました。
李登輝氏は全ては台湾と台湾人民のため、という目標は絶対に譲らず、しかしその実現のための細かな政策には時には妥協し、時には他の人の政策を受け入れて政権を担当してきたのだと思います。
これがぶれないということですね。
その一方で、この政策については絶対こう、と他人の意見も聞く耳を持たず、政権獲得のため、自分を応援してくれる利益団体の立場のため、票獲得のために訴えているのはただの固執です。
この違いは非常に大きいですね。
なぜ李登輝氏がこうしたぶれない政治を行えたかといえば、私心がなく、素直な心をお持ちだったからではないでしょうか。
素直な心とは、松下幸之助が大切にした、人間にとって大事な心です。
自分のことばかり考え、これをやったらどうなるかな、自分にとっては得かな、損したりしないかな、そんな事を考えるのではなく、万物全てが我が師であるという気持ちで考えることが大切であると。
政治家にとって、大切な心だと、政経塾を卒業して4年経つ今、改めて思います。
幸之助塾主も、まだ素直の初段とおっしゃっていました。
それならばまだまだ私は段位に届かぬ白帯です。
幸之助塾主や李登輝氏の素直な心を見習い、しっかりと日本のために頑張ります。
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源馬謙太郎 GEMMA Kentaro
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