|
| 生年月日 |
1972年12月21日(35歳) |
| 出生地 |
静岡県浜松市舞阪町舞阪 |
| 現住所 |
静岡県浜松市東区天王町 |
| 家族構成 |
妻、娘(3歳) |
| 学歴 |
|
| 1985年3月 |
静岡大学教育学部附属浜松小学校 卒業 |
| 1988年3月 |
静岡大学教育学部附属浜松中学校 卒業 |
| 1991年3月 |
国際基督教大学(ICU)高等学校 卒業 |
| 1992年4月 |
成蹊大学法学部政治学科 入学 |
| 1996年3月 |
同大学 卒業(政治学士 取得) |
| 1996年9月 |
Centre College, Kentucky USA, 編入学 |
| 1998年5月 |
同大学 卒業(国際関係学士 取得) |
| 1998年9月 |
American University, Washington D.C. USA, 入学 |
| 2000年6月 |
同大学院 卒業(2001年 国際平和と紛争解決学 修士号 取得) |
| 職歴 |
|
| 2000年6月 |
NGO日本予防外交センター |
| 2001年1月 |
外務省総合政策局軍備管理軍縮課にて委託研究
「小型武器問題についての、各国、地域および国際社会の取り組み」 |
| 2001年4月 |
日本政府より小型武器回収プロジェクト専門家としてカンボジアに派遣される
プルサット州農村開発委員会とコンサルタント契約し、小型武器の調査 |
| 2001年11月 |
在カンボジア日本国大使館 外部委託調査契約
「カンボジアにおける小型武器対策分野に関する新規案件の発掘・形成」
EUとの共同プロジェクトを実施 |
| 2003年4月 |
日本小型武器対策支援チームを設立 プロジェクトマネージャー 「カンボジアにおける平和構築と包括的小型武器対策プログラム」の実施 日本初の本格的軍縮ODAプロジェクトを実施 2年間で1万丁以上の小型武器を回収し焼却する |
| 2005年4月 |
財団法人松下政経塾 第二十六期生 |
| 議員歴 |
|
| 2007年 |
静岡県議会議員 1期目当選
総務委員会
県議会広報委員会委員
会派コミュニケーション室委員 |
| 2008年 |
文教・警察委員会
富士山静岡空港利活用特別委員会
会派政調副会長
民主党静岡県連青年局長 |
| 外国語 | | 英語 | | クメール語(カンボジア王国公用語:初級) | | サンゴ語(中央アフリカ共和国公用語:日常会話程度) |
| 賞罰 | | | 2001年12月 | SAHAMETREI 騎士位(カンボジア) | | 2005年3月 | SAHAMETREI タパデン位(カンボジア) | | 2006年3月 | MONY SARA PHOAN タパデン位(カンボジア) |
      |
1972年
|
12月21日 浜松市生まれ。 塩から屋の長男として生まれる。
|
  |
|
静岡大学教育学部附属浜松小学校・中学校 卒業。
小学校時代からずっとバスケ部で副キャプテンを務める。 |
    |
1991年 |
国際基督教大学(ICU)高校卒業
東京に出るが、帰国子女の友人が多く国際的な刺激を受ける。
バスケ部副キャプテン。 |
  |
1996年 |
成蹊大学(法学部政治学科)卒業
バスケサークル会長。
このころから政治に興味を持ち始め、卒業後アメリカに留学。
|
  |
1998年 |
Centre College(国際関係学専攻)卒業
酒を買いに行くのに40分もかかるケンタッキー州の田舎で2年間過ごす。
アメリカから国際関係学を学び、やがて紛争や戦争、平和について学びたいと思う。 |
  |
2000年 |
American University 大学院(国際平和と紛争解決学専攻)卒業
政治、国際政治の先にあるものは紛争とその解決であると考え、この学問を専攻。
アメリカの政治の中心ワシントンDCで2年間を過ごす。 |
  |
2001年
|
日本に帰国後、紛争予防にかかわるNGOに勤務。その際外務省から依頼を受け専門家としてカンボジアへ単身派遣される。
|
  |
2003年 |
日本小型武器対策支援チームを結成し、プロジェクトマネージャとして平和構築プロジェクトを実施。1万丁以上の小型武器を回収・焼却する。
この世の中からそれだけの武器を実際に消滅させたという自信とともに、それ以上のスピードで小型武器が流出してしまっている世界に単一プロジェクトの限界を感じる。
同時にアメリカそしてカンボジアから日本を見て、改めて自分の国を強く意識する。
|
  |
2005年 |
日本を良くしたいという思いから政治家を志し、第二十六期生として松下政経塾入塾。 |
|