少年の船の子供たちの意思決定をみて感じた「大切なことの決め方」

2014.08.01

こんにちは。静岡8区で国政を目指し活動中のげんまけんたろうです。


昨晩2泊3日の浜松青年会議所主催「はままつ少年の船」から帰ってきました。


今年も500人の子供たちが洋上で研修を行い、素晴らしい思い出を作った過去最高の事業になりました。
25年も続く継続事業であり、毎年毎年「最高の船」を塗り替える素晴らしい事業です。私もかつて20船目の実行委員長を務め、その継続という縦糸の一部を担わせていただいたことを誇りに思います。


少年の船の中では子供たちが12人のチームを作っていろいろな場面でチームの意見をまとめる機会があります。
チームの個性によってどうやって意見をまとめていくかを見るととても興味深いです。
あるチームは年上の子の意見が通ったり、年下の子に決めさせたり、多数決をしたり、ワイワイ意見を言ってるだけで決まらなかったり・・・
私が担当したチームでは、意見を言い合って多数決、それでも同数だったり決まらなければ年上のリーダー(女子)が決める、というやり方に自然になっていきました。


直接民主制と間接民主制


複数の人間で物事を決めるとき、全員参加して多数決のいわゆる直接民主制が(後述するコストを一切度外視すれば)望ましい姿であることは、おおよそコンセンサスの取れるところではないかと思います。

少年の船に乗っていた子供たちにも、なるべくみんな意見を言うように指導しました。

しかし子供たちのグループや学級会くらいならともかく、社会の規模が大きくなればなるほど、全員参加は難しくなることは当然です。


ほとんどすべての先進国で採用されている民主政治をみても、現実的に考えればすべての有権者が、すべての政治的事柄について関心を払い、また(誤解を恐れずに言えば)すべての事柄に十分な責任感と知識見識を持ち、限られた時間の中でスピーディーに決めていくというのは不可能なことなので(これらは全てコスト)、有権者が代表者を決めて彼らに判断を委ねる、間接民主制が取られています。

学校の生徒会ですら、みんなの代表者である生徒会長や生徒会の役員が実際の細かな決定をしていき、その他の子供たちは何がどうなっているのか知りもしないし、関心も持っていません。

かつてウィンストン・チャーチルが言ったように「実際のところ、民主政治(間接民主制)は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けばだが」なんだろうと思います。


だから現在の間接民主制の中では(子供の話はもうおいておきますが)、有権者は代表者に一つの政策の賛否ではなく、見識や判断力、信頼感などの総合力を求めていかなくてはならないということになるわけです。


それでも直接民主制が望まれる課題もあるのではないか?


そうはいっても、この人の総合力を信頼して代表(議員)に選んだけど、この政治課題についてどう考えているのかわからない、ということも多いわけで、とりわけ重大な課題になればなるほど関心もその結果も大きくなります。


例えば先日もブログに記した憲法についてはこれに当てはまると考えます。


憲法はこの国のあり方を決める大切な課題であり、国家観が問われる課題です。
その人がどんな国家観を持っているかなど知りもしないで選挙で選ばれた代表達にだけ委ねるのではなく、最後は自分たちで国民投票で決める、という部分こそが大切で、そこへのハードルはむやみに高くすべきではないというのが私の考えです。


大阪都構想の是非は議会に任せておくべきか?


私は大阪都構想の問題もこれに当てはまると思っています。
今の大阪府や大阪市といった都市制度の枠組みが大きく変わることなので、住民の関心は高いはずですし、よくよく考えてもらわなくてはいけません。


さらに言えば議会の思惑が大きく関係することなので(都構想が実現すれば、府議会議員や市議会議員はなくなる)、議員に全て任せてしまうのではなく直接住民に判断してもらうことが望まれます。


橋下市長の主張は一貫して「最後は住民に決めてもらいたい」ということです。


大阪都構想が実現したらどうなるのか、はなかなか有権者にはわかりづらくまたそこまで考えることは普通しませんから、ですから設計図までは議会で作り、それを大阪府民大阪市民の皆さんに提示して判断してもらいたい、ということです。


これに一生懸命反対するのはいいですが、「拙速だ」とか「効果がわかりにくい」といった理由で住民投票に付すための設計図づくりに反対するのは、かえって住民から決める機会を奪っているだけに思います。


確かに都構想に反対を表明している方の意見を見ていると、「行政サービスが低下する」とか「区間で格差が生じる」など、(私とは考えは違いますが)そういう見解もあるのかと思えるものもあります。
だからこそ、そのどちらをも提示して、賛成反対大いに議論して住民に決めてもらえばいいと思うのです。


望ましい政治の姿


フランシス・フクヤマは民主政治についてこういいました。


「人間の持つ気概、優越願望、ルサンチマンの存在に注目している。民主国家では、言論の自由が与えられているため、いくらでも権力者である政治家を批判、弾劾、ときに揶揄することができる。風刺漫画やワイドショーで滑稽に描き、その姿を笑うことができる。どんな大物政治家も選挙で落選させることができ、どんな巨大政党も、一回の選挙で弱小政党に転落させることができる。」


これはなにかというと、国民が直接物事を決める訳ではないけれども、国民が主権者であり国民が物事を決する力を持っているのだという間接民主制の原理である建前を言っているに過ぎないとも言えます。


どこまで住民に問うべきか、どこまで間接民主制を信じるかはむずかいい課題ですが、やはり大切な課題は国民が直接決める機会を議会が奪ってしまってはいけないはずだと私は思います。


また今度少年の船に乗った時も、「クイズの問題になんと答えるか」というような場合はどんな決め方をしても放っておきますが、チームの命運がかかる戦略などについては全員で大いに話し合ってみんなで決めなさい、と指導しようと思います。



さて、明日はまたラジオで生放送です。
12時30分から、FMハロー(76.1)でお届けします。
今回のテーマは隣国との関係。
現役女子大生アシスタントの大河内望らいさんとお届けします。