プロフィール




源馬謙太郎(げんまけんたろう)


源馬謙太郎(げんまけんたろう)
静岡大学附属浜松小学校・中学校卒業。ICU高校・成蹊大学卒業後、アメリカに留学。American Universityにて「国際平和と紛争解決学」修士号取得。帰国後外務省から小型武器問題についての委託調査を受けカンボジアに専門家として派遣される。
日本小型武器対策支援チームを立ち上げプロジェクトマネージャとしてODAプロジェクトを実施。2年間で1万丁以上の小型武器を回収する。

2005年第26期生として松下政経塾入塾。

2007年統一地方選挙において、浜松市東区から静岡県議会議員選挙に立候補。

県内最多得票数(28,715票)をいただいて県内最年少でトップ当選。
2011年大逆風のなか2期連続トップ当選。
2012年県議を辞職し衆議院総選挙に出馬。次点で惜敗。
2014年再び衆議院総選挙に出馬。比例復活まであと270票で惜敗しました。志止むことなく国政目指して政治活動中です。民進党静岡第8区総支部長。
2015年政治活動の傍ら予備自衛官に合格(技能:英語)。
「日本は誇るべき素晴らしい国です。この国に生まれてよかったと 誇りに思えるよい国づくり、地域づくりに全力で取り組んでいます」
好きなこと バスケ、海に行くこと(ダイビング、サーフィン)、茶道
こころがけ 一燈照隅 万燈照国

凡そ事を作すには須く天に事うるの心あるを要す
尊敬する人物 吉田松陰、西郷隆盛、安岡正篤、松下幸之助
松下政経塾プロフィール

略歴


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生年月日 1972年12月21日
出生地 静岡県浜松市舞阪町舞阪
現住所 静岡県浜松市東区天王町
家族構成 妻、長女、次女

学歴

1985年3月 静岡大学教育学部附属浜松小学校 卒業
1988年3月 静岡大学教育学部附属浜松中学校 卒業
1991年3月 国際基督教大学(ICU)高等学校 卒業
1992年4月 成蹊大学法学部政治学科 入学
1996年3月 同大学 卒業(政治学士 取得)
1996年9月 Centre College, Kentucky USA, 編入学
1998年5月 同大学 卒業(国際関係学士 取得)
1998年9月 American University, Washington D.C. USA, 入学
2000年6月 同大学院 卒業(2001年 国際平和と紛争解決学 修士号 取得)

職歴

2000年6月 NGO日本予防外交センター
2001年1月 外務省総合政策局軍備管理軍縮課にて委託研究

「小型武器問題についての、各国、地域および国際社会の取り組み」
2001年4月 日本政府より小型武器回収プロジェクト専門家としてカンボジアに派遣される

プルサット州農村開発委員会とコンサルタント契約し、小型武器の調査
2001年11月 在カンボジア日本国大使館 外部委託調査契約

「カンボジアにおける小型武器対策分野に関する新規案件の発掘・形成」

EUとの共同プロジェクトを実施
2003年4月 日本小型武器対策支援チームを設立 プロジェクトマネージャー

「カンボジアにおける平和構築と包括的小型武器対策プログラム」の実施

日本初の本格的軍縮ODAプロジェクトを実施

2年間で1万丁以上の小型武器を回収し焼却する
2005年4月 財団法人松下政経塾 第二十六期生
2007年4月 浜松市東区から県議選に立候補

県内最年少・最多得票で初当選(28,715票)
2011年4月 2期目の県議選に立候補

逆風の中2期連続トップ当選
2012年12月 県議を辞職。衆議院総選挙に静岡8区から立候補するも次点で惜敗。
2014年12月 再び衆議院総選挙に立候補。次点で惜敗。

比例復活まであと270票足りませんでした。

議員歴

2007年〜 静岡県議会議員
常任委員会・特別委員会などの副委員長などを歴任

議会改革検討委員会で議会改革に取り組む

県議会会派役員、民主党静岡県連政調会長など歴任

静岡県議会において初めて「北朝鮮による日本人拉致問題を解決する議員連盟」設立
道州制を推進する東海4県の超党派議員連盟「東海州政治家連盟」代表
日本よい国東海支部代表

外国語

  • 英語
  • クメール語(カンボジア王国公用語:初級)
  • サンゴ語(中央アフリカ共和国公用語:日常会話程度)

賞罰

2001年12月 SAHAMETREI 騎士位(カンボジア)
2005年3月 SAHAMETREI タパデン位(カンボジア)
2006年3月 MONY SARA PHOAN タパデン位(カンボジア)

源馬謙太郎のこれまでのあゆみ


1972年



12月21日 浜松市生まれ。

塩から屋の長男として生まれる。
  静岡大学教育学部附属浜松小学校・中学校 卒業。

小学校時代からずっとバスケ部で副キャプテンを務める。
1991年

国際基督教大学(ICU)高校卒業

東京に出るが、帰国子女の友人が多く国際的な刺激を受ける。

バスケ部副キャプテン。
1996年 成蹊大学(法学部政治学科)卒業

バスケサークル会長。

このころから政治に興味を持ち始め、卒業後アメリカに留学。
1998年 Centre College(国際関係学専攻)卒業

酒を買いに行くのに40分もかかるケンタッキー州の田舎で2年間過ごす。

アメリカから国際関係学を学び、やがて紛争や戦争、平和について学びたいと思う。
2000年 American University 大学院(国際平和と紛争解決学専攻)卒業

政治、国際政治の先にあるものは紛争とその解決であると考え、この学問を専攻。

アメリカの政治の中心ワシントンDCで2年間を過ごす。
2001年 日本に帰国後、紛争予防にかかわるNGOに勤務。その際外務省から依頼を受け専門家としてカンボジアへ単身派遣される。
2003年 日本小型武器対策支援チームを結成し、プロジェクトマネージャとして平和構築プロジェクトを実施。1万丁以上の小型武器を回収・焼却する。

この世の中からそれだけの武器を実際に消滅させたという自信とともに、それ以上のスピードで小型武器が流出してしまっている世界に単一プロジェクトの限界を感じる。

同時にアメリカそしてカンボジアから日本を見て、改めて自分の国を強く意識する。
2005年 自分が生まれ育ち、愛し誇りに思う日本をより良くしたいという思いから政治家を志し、第二十六期生として松下政経塾入塾。
2007年 2007 地方が自立し元気にならなくては日本は元気にならないと地方政治に目を向け、静岡県議会議員選挙に挑戦。2期連続トップ当選。
2012年 2012 自分たちの地域のことを自分たちで決められない仕組み、地域の自立を阻む国と地方のカタチに直面し、この仕組みを変えるために国政に挑戦。衆議院総選挙に日本維新の会公認で出馬。準備期間なく臨み次点で惜敗。比例復活まであと数千票でした。